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岡山地方裁判所 昭和49年(ヒ)17号 決定

申請人 水島美栄子

右代理人弁護士 一井淳治

河田英正

主文

一  有限会社ホテル水島(本店所在地岡山県真庭郡湯原町大字湯本二一番地)について、次の検査事項を調査させるため、

岡山市富田町一丁目二番二一号

能勢ビル内

黒田充洽

を検査役に選任する。

検査事項

(一)  第一七期営業年度(昭和四七年一二月一日から昭和四八年一一月三〇日まで)以降の業務の状況、特に個別的収支の状況並びに現在の経営状況の詳細

(二)  財産の状況(特に資産、負債の個別的明細並びに各発生原因)、特に各借入金並びに貸付金(融通手形を含む)の発生年月日、弁済期、利率、元利弁済状況

二  申請人のその余の申請(第一六期営業年度(昭和四六年一二月一日から昭和四七年一一月三〇日まで)の業務状況の調査を求める部分)を却下する。

理由

一  本件検査役選任申請の申請の事由及び検査の目的は、別紙のとおりである。

二  申請の事由一及び二の事実は、≪証拠省略≫により、これを認めることができる。

もっとも、右商業登記簿謄本によれば、申請人が有限会社ホテル水島(以下、単に「会社」という。)の監査役であることが認められる。しかし、監査役は、本来、有限会社の業務には関与せず、会計監査のみを任務とし、書類調査及び報告義務(有限会社法三四条、商法二七五条)を主たる職務とするのであって、その業務財産の調査権も右のような監査役の職務を行うため特に必要あるときに限り認められるものであって(有限会社法三四条、商法二七四条二項)、少数社員の検査権に基づいて選任される検査役(有限会社法四五条一項、なお、商法二九四条一項参照)の職務権限とは機能上も実質上もおのずから異なるところがある。又、有限会社法四五条一項の規定自体、監査役たる少数社員を何ら排除するところではない。従って、監査役たる少数社員が有限会社法四五条一項の規定に基づいて検査役選任を申請することは、監査役でもあることのみをもって失当とすべきではない。

三  申請の事由三(一)について。

第一七期営業年度(昭和四七年一二月一日から昭和四八年一一月三〇日)営業報告書によれば、会社が同期損益計算書において当期利益金六三二万六五三九円を計上し、昭和四八年一一月三〇日現在貸借対照表の負債の部に未払配当金八〇三万七四〇三円を計上していること、そして、剰余金処分案として配当金二七〇万円の支払を計上していたことが認められ、又、≪証拠省略≫によると、申請人が会社に対し、昭和四九年四月中、二回にわたり、内容証明郵便をもって、申請人に対する既往の未払配当金として八九万三〇四六円の支払を請求したが、現在もその支払のないことが認められる。

しかし、≪証拠省略≫によれば、会社は昭和四二年に新館を新築し、その資金約一億五〇〇〇万円を殆ど借入金でまかない、第一七期決算では、長期借入金約二六〇〇万円、短期借入金約三二〇〇万円、合計約五八〇〇万円にまで減少させているが、その間毎年元金約一五〇〇万円、利息を含め約二一〇〇万円の返済を続け、資金運用上、相当の無理をしており、利益処分については、税法上の優遇措置もあって、経理上、社員への配当を計上してきたが、未払配当金総額約一〇〇〇万円は取締役間では近々増資に振り替えることを準備中であり、現に昭和四八年八月一六日社員総会においても、会社代表取締役水島清二に対し、既に同総会で承認ずみの前記剰余金処分案の利益配当の件を一任する旨の提案が、申請人はじめ全社員により賛成可決されたような事情があったことが認められるのであって、右事実によれば、前記申請人に対する利益配当の未済をもって、直ちに不正の行為、すなわち、会社の利益を害する悪意の行為とはなし難く、その他法令定款違反行為であると速断することも難い。

四  申請事由三(二)について。

≪証拠省略≫によると、会社が昭和四九年四月一七日現在において申請人主張の県税及び町税(各本税)を未だ納付していなかったことが認められるけれども、≪証拠省略≫によると、会社が同年五月三一日までに右県税を完納し、同年八月八日現在右町税の半額近くを納付済みであることが認められる。

ところで、右のような諸税納付の遅速ないし一部未納付或いは申請人主張のような経営の苦しいことをもって、直ちに不正の行為等とすることはできない。

五  申請の事由三(三)1及び2について。

≪証拠省略≫によると、申請外水島隆司は、前記清二の長女の夫で、昭和四八年八月一六日会社取締役に就任し、同年一二月頃から常勤している者であるが、昭和四六年一二月当時岐阜市内で団体役員をしていたところ、近々岡山県に呼びよせられ会社の業務に従事することが予定されていた関係から、同人が同月トヨタカローラ岐阜株式会社からカローラ自動車一台を購入するに際し、同自動車がやがて会社の業務に関連して活用されることも予期されていたので、会社において、その代金五五万円(ほかに前納諸費約七万円)の一部二五万円を額面二万五〇〇〇円の手形一〇通の月賦払で支払い同人を援助したものであること、次に、会社は、昭和四七年九月二〇日、小切手渡し先を会社の岐阜市案内所として額面一〇万円の小切手一通を振り出しているが、右は会社が前記事情にあった隆司に対し、海外旅行のせん別の趣旨を含めて、事実上の案内所に対する同種支出と同様に交付したものであることが認められ、右事実によれば、申請人主張の各支出は、必ずしも会社の事業に無関係な支出であると断定し難い面があるから、これをもって不正の行為等があったということはできない。

六  申請の事由の三(三)(3)及び(4)について。

(一)  帳簿の記載等経理上の処理の形式は別として、現実に申請人主張のように債務が存在しないのに過払をした事実が存したことは、これを認めるに足りる証拠がない。

(二)  しかしながら、≪証拠省略≫によると、すくなくとも、会社は第一五期ないし第一七期営業年度において、日々の取引その他財産に影響を及ぼすべき一切の事項を記載すべき帳簿(商法三二条一項)について、逐一これを指摘することが不可能なくらい全般的にわたり、整然かつ明瞭な記載を欠いていたことが認められ、会社代表者は、審問(第二回)において、この点第一八期営業年度(昭和四八年一二月一日以降)は改善されている旨いうが、同審問の結果によっても、右帳簿がその期首において前記の結果をも整然かつ明瞭に記載していることまでが認め難いので、結局、右第一八期営業年度の帳簿も前営業年度の整然かつ明瞭な記載を欠いたものを承けついで開始されたものと推認される。

右事実によれば、会社は、第一五期営業年度以降の業務の執行に関し、法令に違反する重大な事実があるということができる(なお、有限会社法八五条一項一〇号参照)。

(三)  ところで≪証拠省略≫によると、昭和四八年八月一六日社員総会において、申請人は、第一六期営業年度の法定計算書類(有限会社法四三条一項)の承認については何ら反対することなく、他の全社員とともに可決したこと(同法四六条一項、商法二八三条一項)、ところが、昭和四九年三月、会社従業員である申請人夫婦が会社から解雇通告をうけ、申請人夫婦と会社との紛争が爆発し、その結果の一つとして申請人が本件申請に及んだことが認められる。

右事実によれば、申請人は、社員として第一六期営業年度の法定計算書類を承認したのであるから、これにより、すくなくとも、一たんは同事業年度の会社の業務につき、これを是認する態度を示していたものというべきであって、本件申請にかかる検査の目的中右事業年度に関する部分は、その申請は権利の濫用として許すべきではない。

(四)  本件申請中右部分以外に関する部分についてみるのに会社代表者は、審問(第一、二回)において、申請人側において会社の一部帳簿を会社から持ち出し、未だ返還していないようにいうが、これをもってしても、申請人が帳簿の所在を不明にする等本件検査の妨げになるような状態を作出していると断定まではし難く、ほかに右のような状態にあることを認めるに足りる証拠はない。

七、よって、本件申請は、前記一部権利濫用となる部分を却下するほかは、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 平田孝)

〈以下省略〉

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